1日をアップデートする経営の糸口

牛窪 恵

世代・トレンド評論家
マーケティングライター
インフィニティ代表取締役

立教大学大学院(MBA)修了。同客員教授。
30冊に及ぶ著書や、長年の大手企業との消費者調査を経て、多数のキーワードを世に広める。「おひとりさま」「草食系(男子)」は新語・流行語大賞に最終ノミネート。最新の消費、世代、家族傾向やトレンドマーケティングに定評があり、テレビ番組へのコメンテーター出演も数多い。近著は『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)。

五感マーケティングは今後の消費をどう変える?

2025.03.10 配信

マーケティングライター/立教大学大学院(MBA)客員教授 牛窪 恵

■五感マーケティングとは

 皆さんは、コンビニやスーパーに行った際、あるいはインターネット上で、ご自身が「あ、これ欲しい」「買おう」と、どのぐらいの間に判断していると思いますか?
 かつて米国の日用品メーカーP&Gは、「消費者は、店頭の商品棚を見てから、『3~7秒』で購入判断を下している」との調査結果を明らかにしました。ところがその後、ネットショッピングが広く普及し、いまや若い世代を中心に「0.5~1秒」で購入を判断する、とも言われるほどです。
 そんななか、注目されているのが「五感マーケティング」。消費者にロジカルに「買おうか否か」と思考させるより、彼らの感性や感情に訴えかけ、「欲しい」と瞬時に感じてもらおうとする手法です。
 近年は、脳科学やAIを活用する「ニューロ(AI)マーケティング」の進化と共に、視覚や嗅覚など「五感」を測定するコンパクトなデバイスが次々と開発され、飛躍的な進化を遂げています。今後はその傾向が、さらに進むと考えられるのです。

■「視覚」によるマーケティング

 たとえば昨年(24年)、日経MJ(日本経済新聞社)の年間ヒット商品番付(前頭)にランクインした、アース製薬の「ゴキッシュ スッ、スゴい!」。
 室内のゴキブリ発生をスプレー噴射で予防する商品で、前段となる商品(21年発売)をリブランディングして発売されました。その裏に隠れていたのが、ニューロマーケと、「視覚(視線)」に着目した五感マーケの合わせ技です。
 具体的には、テストマーケの被験者にそれぞれ、脳波や視線などを測る装置を装着してもらい、目の前にモニター画面を提示。画面には、普段買い物に行くようなドラッグストアの店内画像が映し出され、そこに実際の商品を配置した棚割り画像が表示されます。そのとき、被験者の「脳」や「視線」がどのように情報を処理したか、目を配る順番や見ている時間の長さなどを収集。そこで得られた情報などを、リブランドする商品パッケージのデザインなどに活かしたのです。
 こうした「視覚」に関連する五感マーケで得られた情報は、おもに色彩やデザイン、動画で再生される順番(構成)や秒数などに活かされ始めています。

■「聴覚」によるマーケティング

 一方、「聴覚」については近年、サウンドマーケティングとも呼ばれ、より身近な形で活用されています。皆さんも真っ先に浮かぶのは、おそらく企業の「サウンドロゴ」ではないでしょうか。
 よく知られるのは、CMの冒頭や最後などに流れる、数秒程度の音楽(音)です。たとえば、マクドナルドのCMの最後を飾る「♪パラッパッパッパー(I’m loving it)」や、ゲーム機の「PlayStation」(ソニーグループ)がCMの冒頭で鳴らす「buun!!(バン!!)」といった音など。いずれも秒単位ですが、音を聞くだけで「あ、あの会社(ブランド)のCMだ」と分かるでしょう。
 このほか、フォルクスワーゲン傘下のベントレーは方向指示器(ウィンカー)の音を、またBMWはドアの開閉時に発生する音を、それぞれブランドイメージに合った音にデザインするなど、実に細部までこだわるケースも増えています。

■「嗅覚」によるマーケティング

 そして近年、飛躍的に進化を遂げたのが「嗅覚」、すなわち香りによる五感マーケです。嗅覚は五感のなかでも唯一、脳の「海馬」という部位にダイレクトに伝わるのですが、海馬は記憶をつかさどることでも知られ、その香りを嗅いだだけで「あ、あのときの(香り)」など過去の思い出とも結びつきやすいもの(プルースト効果)。
 ゆえにいま、特定の香りを嗅がせる、あるいは既に記憶にインプットされたであろう香りを空間に漂わせることで、「あ、あの会社(ブランド)」と感じさせたり、「またあの香りに包まれたい」とリピーター獲得に繋げたりしようとする動きが、顕在化しています。
 よく例に挙がるのは、いまから15年前に発表された「カレーの香り」に関する研究です(平木・石井・恩蔵 2010)。実験では、複数店舗の売場で数箇所にカレーの香りを漂わせ(噴霧)、店舗や場所ごとに香りの効果を調べました。
 噴霧したのは、店舗の入口付近や青果売場など様々。そこに必ずカレールーを陳列し、5つの店舗で売上に与える影響を1週間調べたところ、なんとすべての店舗で、香りを漂わせた週のほうが売上が上がったのです。

■「花の香り」で売上が上がる?

 最近では、ホテルや航空機、商業施設などの空間に独自の香りを漂わせ、ブランド想起やリピーター獲得を狙う例が顕著に増えました。また、トヨタ自動車「LEXUS(レクサス)」のショールームのように、春はフラワー、夏はミント…など、季節によって香りを変える空間もあり、今後はそうした事例が増えていくでしょう。
 ちなみに、こんな研究結果もあります。香りのよい「花束」をカウンターの上に置くだけで、店舗の売上が伸びる可能性があるそうなのです。
 代表的なのは、シカゴのアラン・ハーシュ博士の調査研究。空中に「花の香り」が強く漂うだけで、消費者の購買意欲は80%以上高まり、一足のスニーカーに10ドル以上多く支払うことが分かったとのこと(チャールズ・スペンス『センスハック:生産性をあげる究極の多感覚メソッド』(草思社))。

■職場にも香りが有効か

 さらにこれからは、香りによって仕事の生産性を上げよう、従業員にリラックスしてもらおうなどの狙いで、香りビジネスに参入する企業が増えるとみられています。単純なところでは、ラベンダーがリラックスやストレス軽減に、ペパーミントが集中力や記憶力の向上に、それぞれ一定の効果があることが既に分かっています。
 いまはネットショップでも、簡単にフレグランスを購入できる時代。皆さんも騙されたと思って、一度香り(嗅覚)の効果を試してみませんか?
 ただし近年は、ちょっとした香りにも敏感に反応し、体調不良に陥ってしまう「化学物質過敏症」の方々もいます。職場に香りを漂わせる際は、空間を共有するメンバーにあらかじめ「大丈夫?」と確認を取ってみてくださいね。

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