
牛窪 恵
世代・トレンド評論家
マーケティングライター
インフィニティ代表取締役
立教大学大学院(MBA)修了。同客員教授。
30冊に及ぶ著書や、長年の大手企業との消費者調査を経て、多数のキーワードを世に広める。「おひとりさま」「草食系(男子)」は新語・流行語大賞に最終ノミネート。最新の消費、世代、家族傾向やトレンドマーケティングに定評があり、テレビ番組へのコメンテーター出演も数多い。近著は『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)。
生成AIが変えた!商品・サービス開発のいま
2025.02.12 配信■生成AIとは
突然ですが、皆さんは「生成AI(人工知能)」を既に活用されていますか?
23年、日本でも流行語になった生成AIは、昨年(24年)、さらに大きな話題をさらいました。同5月、米国企業OpenAI社が発表したAIモデル「GPT-4o」が、精度やスピード面において一段と機能を向上させたほか、クリエイティブかつ瞬時にアイディアを具現化できる、飛躍的な進化を遂げたからです。
例えば、手書きのイラストから精細な画像を生成してくれたり、別の生成AI(「Suno AI」など)と組み合わせることで簡単にオリジナル楽曲を作曲できたりするなど。無料版でも、一定レベルの生成が可能になりました。
ほかにも、代表的なGoogle(「Gemini」)やMicrosoft(「Copilot」)をはじめ、テクノロジー大手が生成AIの分野に次々と参戦。総務省によれば、中国では約6割(56.3%)、米国で5割弱(46.3%)の国民(個人)がそれぞれ生成AIを利用しているといいます(「2024年版情報通信白書」)。これに対し、日本ではまだ1割弱(9.1%)の普及に留まりますが、既に生成AIの技術を組み込んだパソコンやスマートフォンが発売されており、浸透するのは時間の問題でしょう。
■生成AIのビジネスメリット
一般に「生成AIの利点は?」と聞かれて多くの人が思い浮かべるのは、先のクリエイティブ活用のほか、①作業時間の短縮、②膨大なデータ分析、③24時間体制での顧客対応……など、いわゆる「業務効率化」に繋がる部分ではないでしょうか。
③の代表例は、顧客が質問をテキストで書き込み、人ではなくAIが対応するサービスなど。このとき従来のAI型チャットボットは、事前設定したルールに基づき、標準的な回答文を表示する程度でした。ところが最新の生成AIは、大規模なデータセットで学習されたモデルを基に、質問の文脈を理解して「こうすれば良いですよ」と個別に新たな応答を生成できます。
そのため、顧客一人ひとりの質問に合わせてパーソナライズ化した回答をすることが可能。さらに、質問者の感情までも加味した自然な(人間に近い)対話が得意なので、業務効率化だけでなく顧客の「CX(カスタマーエクスペリエンス/顧客体験価値)」向上も、十分期待できるでしょう。
■生成AIとサービス開発
よく例に挙がるのは、ChatGPT技術を駆使した「MILII TALK(β版/ミリ トーク)」や、同じくChatGPTと“電話で”会話ができる「電話GPT」(試験公開)など。いずれも中小企業が開発した新たなサービスです。
前者は、金融サービスのサポートを手掛ける「MILIZE(ミライズ)」(東京都港区)がリリースした次世代の金融アドバイスサービス。顧客がLINE のトーク画面でお金(家計や不動産、年金ほか)に関する質問を書き込むと、アドバイザーの「MILI(ミリ/キャラクター)」が即座に、その人に合った答えを回答してくれます。
後者は、IVR(電話自動応答)を手掛ける「IVRy(アイブリー)」(東京都港区)が試験的に公開した応答サービス。顧客が電話をかけ、「〇〇駅周辺で美味しいラーメン屋さんは?」などと質問すると、「では××はいかがでしょう?特徴はこういった名店で~」などChatGPTによる回答を、音声で受け取れます。23年のデモ版公開から1週間ほどで、利用件数が1万件を突破、累計通話時間は350時間を超えたとのこと。
ちなみに、米国では同じくChatGPTを電話で利用できるサービスが昨年12月から本格スタートし、話題を呼んでいます。音声翻訳なども充実しているようです。
こうした生成AIの活用は、人手不足解消や人件費削減に貢献してくれるなど、人材確保やコスト面での利点が大きいとされています。さらに既述のCX向上はもちろん、新商品・新サービスの開発に繋がる可能性も見逃せません。
例えば、先の「MILII TALK」のようなサービスでは、まず顧客が書き込んだ質問がデータとして次々と蓄積されていくので、いま顧客がどういった情報を知りたがっているのか、既存のどのような商品・サービスに満足(不満)なのかが可視化され、それを社内の複数部署や提携する企業間で情報共有できます。
また、その内容を生成AIが学習して分析。そこから、「こういうものが望まれているのでは?」など、新たな開発の方向性やイノベーションに繋がるヒントが生まれることもあるでしょう。
■生成AIと商品開発
そして、生成AIの最大の利点と言えるのが「アジャイル(agile)」。4つのフェーズ、すなわち「計画→設計→実装→テスト」を繰り返しながら開発を進める反復手法で、初めから完璧なアイディアや商品を求めずとも、生成AIをパートナーに「壁打ち」を繰り返すことで、徐々に顧客ニーズに近づける点です。
アジャイル型の商品開発事例としてご紹介したいのは、三重県(伊勢市)にある中小の乳製品メーカー・山村乳業。23年10月、彼らは「ChatGPTと共に、食べ歩き用プリンを開発した」と発表しました。
開発のきっかけは、人気があっても食べ歩きには向かないという、プリンが元来抱える問題を解決しようとしたこと。開発チームは「容器に入れず片手で食べられる形=棒に刺す」との発想にはたどり着いたものの、刺すだけでは棒からプリンが落ちてしまい、うまくいきませんでした。そこで、ChatGPTを物理学監修のアドバイザーに任命。プリンや棒の長さ、重さ、比重などのパラメータを指定したうえで、「棒が物体を貫かない硬さは?」など質問を重ね、最適解を作り上げていったそうです。
その結果、プリン本体の形状(縦×横×高さ)や棒の形状(縦×横×高さ)が算出され、棒状の「山村ぷりんバー」の開発に成功。何度か質問や試作を繰り返したとはいえ、かかった期間はわずか半年、試作・検証も十数回で済んだといいます。
■正解主義から修正主義の時代へ
IT批評家の尾原和啓氏は、著書『努力革命』(伊藤羊一と共著/幻冬舎)において、「正解主義から修正主義へ」という表現を用いています。
すなわち、(生成)AIが膨大な情報を処理し、最適な答えを導き出してくれる時代になったことで、私たち人間は最初から「完璧な正解」を求めるのではなく、「試行錯誤(修正)」を繰り返しながらより良い解を導き出すアプローチへと移行していく、との考え方。これまでのように膨大なコストや時間、専門のプロフェッショナル人材を用いずとも、山村乳業のように生成AIと「壁打ち」を繰り返すことで、短期間での新商品開発が可能になるわけです。
まさに、中小企業にとって嬉しい時代と言えるでしょう。最初は「どうかな?」と半信半疑でも、完璧でなくて良いのです。もし「生成AIは未体験」という方も、まずはぜひ、ChatGPTを相手に「〇〇についてどう思う?」などと聞いてみてください。相談すればするほど、きっと彼ら(彼女ら?)は、あなた好みのパートナーに成長してくれることでしょう。