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リスクの多い医療業界の労働時間。“グレー”になりがちな4つのポイントを確認しよう

リスクポイント

●2024年4月開始予定の「医師の働き方改革」をきっかけに、医療従事者の労働時間管理リスクが高まる可能性がある。
●医療従事者の労働時間管理に関する主な争点は以下の4点。
 ・着替え時間は労働時間とみなされる可能性が高い
 ・自己研鑽の時間は医療機関の具体的な指示の有無がポイント
 ・オンコール(呼び出し)は医療機関から指揮命令下に置かれているというレベルにまで到達すると労働時間として扱われる可能性がある
 ・宿日直は所轄労働基準監督署長が許可した断続的な業務に限っては労働時間に含まれない

■医療業界の労務リスク

2024年4月1日から5年の猶予を経て施行される医師の時間外労働の上限規制や、新型コロナウイルスの最前線で業務を担ってきた医療従事者が新型コロナウイルスに罹患した場合の労災適用可否問題等、医療業界として労務管理の分野に限定しても様々な問題があります。今回は、医療業界にとってリスクとなり得る「労働時間」の考え方について解説します。

■医療業界の労務リスク、4つの争点

争点1:着替えに要する時間

医療業と言えば、全世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症の最前線で業務に従事する業態であることから、感染拡大防止の意味で各医療機関から指定される防護服を着用の上で、業務にあたる必要性が極めて高いと言えます。ただし、着替え時間については同僚との談笑と並行して行われることも珍しくないこと、具体的な指揮命令を受けることがほとんどないこと、主たる業務(看護師であれば患者の看護等)と比較すると労働密度は明らかに薄いことが挙げられます。ただし、着替えに関しては、事実上、各医療機関が指定するユニフォームの着用義務があることや、指定場所での着替えが義務付けられている(自宅から着用して登院するわけにはいかない)場合が多く、もはや労働者自身の許諾の自由が入り込む余地がないため、法的な争いが生じた際には労働時間と認定される可能性が高いと言えます。他方、労働時間として扱うこととなれば、着替えが遅ければ遅いほど、当該労働者に賃金を多く払う必要があり、使用者目線では納得しがたい点が容易に想像できます。そのため、一律に(平均値として)10分や5分を労働時間に算入するという労務管理手法が考えられます。医療機関として一定の考慮がされているとなれば、全く考慮していない場合と比べ、法的な争いが生じた場合のリスクヘッジ策になり得るということです。ここでの注意点として、通常時とは明らかに異なる事情が生じたときに、何らかの形で別段の考慮がされたかということです。具体的にはパンデミックによって受け入れ患者数が大幅に増えた場合が考えられます。

 

争点2:自己研鑽の時間

偏に自己研鑽と言っても職種によって異なりますが、医師であれば医学文献からの情報収集、看護師であれば電子カルテからの患者情報の把握等が考えられます。いずれのケースにおいても崇高な職業倫理に支えられ、全ての時間を労働時間として扱っているケースは極めて稀です。他方、これらを医療機関側から具体的に義務付けてしまうと労働時間として扱う必要がでてきます。労働時間とは使用者から指揮命令下に置かれた時間と解され、具体的に義務付けをすることは医療機関側がいずれかのタイミングで命じた指示内容から派生する結果を具体的な成果として享受できると考えられるためです。

 

争点3:オンコールの時間

医療機関内ではなく、自宅等で待機し、緊急手術が必要となった場合等に呼び出され、労務の提供を委ねるオンコールについても議論が分かれます。労働時間として扱われるケースとしては、医療機関においてオンコールが必要不可欠な制度であり、医療機関が主体的に当該制度を構築し、待機場所や連絡方法が具体的なルールの元に運用されているという事実があり、医療機関から指揮命令下に置かれているというレベルにまで到達すると労働時間として扱われる可能性もありますが、そのような事情がない場合は直ちに労働時間として扱われるわけではありません。

 

争点4:宿日直の時間

労働基準法施行規則第23条では、宿直または日直の勤務で断続的な業務については、所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合に限り、労働時間として扱わなくとも違法ではなくなります。医療業では多くの場合、医師の宿日直が想定されますが、救急患者対応によって、日中と同様の業務(例えば負傷した患者に対する手術等)を行っている間は労働時間として扱われます。あくまで、労働時間として扱われないのは所轄労働基準監督署長が許可した断続的な業務に限定され、宿日直の時間帯にどのようなことが起こっても例外なく労働時間として扱われなくなるということではありません。

蓑田 真吾

みのだ社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士
医師、看護師など医療従事者約800名が在籍する病床数約400床の医療機関にて約13年勤務。人事総務部門での実績があり、医療機関に特化した日本でも有数の社会保険労務士として活躍中。